ホーム » バイクのふるさと浜松市 » 浜松市はバイクのふるさと!

浜松市はバイクのふるさと!

バイク

国内3メーカーのルーツ・浜松

バイクメーカーにとってのふるさととして有名な地と言えばやはり静岡県浜松市になります。
浜松市はなんといっても国産バイクメーカー大手のスズキ・ホンダ・ヤマハの創業地でありその名残は今でも色濃く残っています。
オートバイ全盛期だった時代は多くのオートバイメーカーが存在しており、バイクに関する部品や知恵を求める方にとっての聖地であり集積地でもあったのです。

特に、バイクのふるさとであり聖地としての地位を確立した最大要因が本田技研工業の創始者本田宗一郎の存在でしょう。
かの御大が自動車修理工場である『アート商会浜松支店』を若干22歳で立ち上げたことがバイクのふるさとの始まりであり原点でもあります。

ホンダと浜松の関係性について

先ほどちょっと触れたように本田技研工業の創始者本田宗一郎が『アート商会浜松支店』を浜松で立ち上げたことがスタートとなります。
本田宗一郎は1906年に現在の浜松市天竜区に産まれ、その後東京にあった自動車修理工場のアート商会に入社するという経緯があります。

戦後すぐの1946年に浜松市に本田技研工業の前身となる本田技術研究所設立しそこの所長に就任した本田宗一郎は、2年後に同じ浜松市に本田技研工業株式会社を設立し代表取締役に就任しました。
ここからホンダのオートバイの歴史が本格的にスタートするのです。
同年の1948年に原動機付き自転車の本格的な研究がスタートしたことで数多くの名車が誕生することになります。

1991年に84歳で死去した本田宗一郎ですが、2010年に出生地の静岡県浜松市天竜区に『本田宗一郎ものづくり伝承館』がオープンしたことで今でも浜松市を訪れるとホンダとオートバイの歴史に触れることができるようになっているのです。

今や世界市場におけるシェア(売上高/市場規模)はHondaのバイクは24%となっています。
またCBR650Rやレブルは中古業界でも人気があり高価買取の対象です。
リンク:バイクの高価買取バイクワン

スズキと浜松の関係性について

スズキは1909年に織機機械メーカーの『鈴木式織機製作所』として創業されたのがスタートですが、本格的に自動車産業に参入したのは1950年代です。
この鈴木式織機製作所が今の浜松市中区中島一丁目に創業したことで、この頃から浜松との繋がりがあります。

この頃は自転車補助エンジンブームがあり、それに乗っかる形でスズキも開発に乗り出したのです。
スズキがオートバイ開発に本格的に動き出したのは1952年からで翌年の1953年には排気量60ccのダイヤモンドフリーが誕生します。

ヤマハと浜松の関係性について

ヤマハも静岡県に本社がある楽器やオートバイのメーカーですが、オートバイの部分を掘り下げると1955年に日本楽器製造からの分離がスタートラインと言えるでしょう。
会社の分離前の1954年には実は浜名湖を周回できるような試作車が完成しており、会社が分離してすぐに結果を出すことに成功しているのです。
その中でも、第3回富士登山レースに初出場して優勝したのが大きかったでしょう。